見学 小柏研究室

2026/08/10

Visit the three-storied pagoda of Naritasan Shinshoji Temple (Narita City, Chiba Prefecture, a nationally designated important cultural property)

文責:宮田優空(学部4年)、田邊結菜(学部4年)

 

・成田山新勝寺の概要

成田山新勝寺は、天慶3年(940年)に寛朝大僧正によって開山された真言宗智山派の大本山である。本尊には弘法大師空海が自ら敬刻・開眼したと伝わる不動明王を祀っており、開山以来、東国平定や国家安穏の祈願所として篤い崇敬を集めてきた。江戸時代に入ると、初代市川團十郎をはじめとする歌舞伎役者たちによる成田不動信仰の隆盛や、江戸町民の間で「成田詣」が定着したことにともない、門前町とともに急速な発展を遂げた。境内には、江戸中期から明治期に至る各時代の本格的な近世寺院建築が良好な状態で保存されており、これらが一体となって独自の重厚な宗教空間を形成している。

 

・三重塔について

境内の中心部に位置する三重塔は、正徳2年(1712年)に建立された本格的な近世仏塔である。

 

本建築は、以前訪れた椎尾山薬王院三重塔(茨城県桜川市)との共通点が多くある。両者は江戸時代の同一の棟梁職人集団の手によるものとされているが、薬王院の三重塔が茨城県指定にとどまるのに対し、成田山の三重塔は「国指定重要文化財」に指定されている。

 

本塔の構成を、実際に現地で観察した下部構造から順に追って記述する。

まず、最下部には塔の重量を支える「礎石」が据えられ、その上に円柱状に削り出された短い「束」、その上部には、近世仏塔特有の本格的な「縁」が四方に回らされている。この縁には、先端が外側へと跳ね出すような曲線を描く「刎高欄(はねこうらん)」が採用され、さらに高欄の親柱の頂部には「擬宝珠(ぎぼし)」が装飾として被せられている。縁の上に三重塔の軸部が立ち上がっており、初層の天井面は格子状の枠内に平らな板をはめ込んだ「平格天井」である。通常、軒裏には「地垂木(じだるき)」と「飛燕垂木(ひえんだるき)」の二軒が並ぶが、本塔ではそれらが板軒で表現されている。これは各層の垂木を一本ずつの角材で構成するのではなく、一枚の厚い板から削り出して一体化させる技法である。これらの装飾的な軸部と軒回りの上に、軽く耐久性に優れた「銅板葺」の屋根が乗り、その頂部には仏塔の象徴である金属製の「相輪」が立っている。

 

 

・感想

今回の見学では主に三重塔について見学した。塔全体のプロポーションを決定づける「逓減率」について、各層の組物の間に組み込まれる「支輪」の数を目視で計測できたことや、「蟇股」の極彩色と呼ばれる非常にカラフルな彩色、ダイナミックな龍の形をした「尾垂木」の先端など生で見ることで迫力を感じることができる点が多くあった。また、椎尾山薬王院三重塔(茨城県桜川市)との共通点を感じながら見学をすることで、比較しながら学ぶことができた。

 

 

※参考文献は加筆します