見学 小柏研究室

2026/08/05

Visit Kunozan Toshogu Shrine (Shizuoka City, Shizuoka Prefecture, National Treasure)

文責:唐 仕豪(研究生)

所在地:静岡県静岡市駿河区根古屋390番地

 

概要

 久能山東照宮は、徳川家康公をご祭神としてお祀りする日本最初の東照宮です。徳川家康公の御遺命により御遺骸を久能山に埋葬し、その地に2代将軍秀忠公の命により久能山東照宮が創建されました。東照宮は最初に「東照社」と称しましたが、正保2年(1645年)11月3日以降「東照宮」に改称しました。境内は、造営以来数多くの建造物が現存する。現在、御社殿(拝殿、石の間、本殿)は国宝に指定され、楼門、唐門、東門、廟門、玉垣、渡廊、神廟、日枝神社本殿(旧薬師堂)、神庫、神楽殿、神饌所、鼓楼、神厩は国指定重要文化財に指定されたが、寛永期に徳川家光が造営を命じた五重塔は、1873年(明治6年)の神仏分離によって解体されました。

 

所見

 表参道に沿って、最初に見えるのは楼門です。三間一戸楼門、左右袖塀付、入母屋造。上層の組物は尾垂木付三手先ですが、下層の組物は捨て斗付二手先です。中央の蟇股に雲と獏、両側の蟇股に獅子と牡丹の彫刻が施されています。ここに注目しているのは獏です。獏は中国から発祥し、日本に伝わった神話の生物です。日本では、人が睡眠中に見る悪夢を食べるだけでなく、鉄や青銅などの金属を食べる生物として知られている。戦争中は金属はすべて武器として使用されるため、獏は現れない。よって獏は平和と関連付けられている。また、剣や他の武器が敷地内に入れないようにするために、獏を門に彫ることも多かった。楼門の両側に置いている随身像について、正面は武士の像、裏面は左側狛犬、右側獅子の像です。

 楼門から通り抜けると、鼓楼が見える。桁行三間、梁行二間、袴腰付、入母屋造。創建当初は鐘楼として建てられ、神仏分離を経て、鐘を太鼓に変えて、今の名称になりました。

 神楽殿:桁行五間、梁行三間、二軒疎垂木、入母屋造。

 日枝神社:桁行三間、梁行三間、入母屋造、向拝一間。創建当時は本地堂として薬師如来像が安置されていましたが、明治時代の神仏分離の際、仏像を移し、楼門内東側に鎮座していた山王社の御神体を納め、日枝神社に改称、現在にいたります。ここに注目しているのは垂木です。一般的に、垂木は等間隔に配置されているが、日枝神社の垂木は間のスパンをずらして、詳しく言うなら、繫垂木と半繫垂木をリズムに合わせて配置されています。なぜならというと、向拝柱上の組物を見たら、二本の垂木が肘木を挟むため、スパンが短くしています。そして、手挟に精美な彫刻が施されています。椎尾山薬王院の境内にある山王社の同じとことに穴が見えるので、元々手挟が設けられる可能性が高いです。

 神庫:桁行五間、梁行三間、校倉造。奈良の正倉院と同じ校倉造の建物ですが、長押などの部材も設けられています。

 玉垣:折り曲り延長合計五十九間。玉垣腰に92枚、渡廊に14枚、合計106枚透彫が施されています。垂木は角垂木ですが、垂木先に繰形が施されています。

 御社殿:拝殿、石の間、本殿を一体化した権現造の代表作として知られています。御社殿は、中井大和守正清を大工棟梁として元和2年(1616年)5月着工、同3年12月に至る僅か1年7ヶ月という短期間に造営され、日光東照宮より19年前に造られ、彫刻・模様・組物等に桃山時代の技法をも取り入れられた江戸初期の代表的建造物として国宝に指定されています。

 拝殿は桁行五間、梁行三間、入母屋造、千鳥破風付、向拝三間。本殿は桁行三間、梁行三間、入母屋造。建物の全体に徳川家の家紋を意匠として用いられています。軸部や軒廻りは黒漆塗、縁廻りは赤漆塗で仕上げ、要所に彫刻、錺金具などを用いています。ここに、面白いのは逆さ葵です。これは建物が未完成であることを表し、更なる発展への願いが込められていると言われています。

 御社殿の木鼻はほぼ獅子頭や龍頭の形になされています。薬王院山王社も獅子頭や龍頭がよく見えるですが、山王社は、水引虹梁の木鼻が獅子鼻、尾垂木が龍頭、頭貫鼻が拳鼻になされている一方、久能山東照宮の御社殿は、水引虹梁の木鼻と頭貫鼻が獅子鼻、尾垂木が龍頭になされています。また、蟇股は玉垣と同じく、鳥を主題とする透彫が圧倒的に多いです。最後に、本殿の縁側に、薬王院山王社と同じく、脇障子が設けられています。

 

感想

 今回の久能山東照宮の見学には、最も気に入ったのは御社殿です。御社殿は、驚くほど多い漆塗、透彫と金具が用いられています。これは、荘厳化を図っていて、江戸初期における質の高い建築技術や工芸技術を伝えるうえ、後世の装飾に大きな影響を与えるとも言えます。そして、獅子と龍は陰陽の対を成し、建物を守護し、魔を除ける存在として解釈される説がある。また、鳥を主題とする透彫が圧倒的に多い原因を考えると、徳川家康公によって実現された天下太平を象徴するのみならず、梅・栗・粟などの植物と組み合わせて、五穀豊穣や平和な世界を表しています。

 

 

参考文献

・※編集中です

・久能山東照宮ホームページ https://www.toshogu.or.jp/